放送教育SIGは,「1人1台端末時代の映像視聴能力」を探るため「放送教育の温故知新」をテーマに研究会を開催してきた。令和7年2月8日(土)に第1回,令和7年6月28日(土)に第2回研究会をオンラインで開催し,同テーマでの締めくくりとなる第3回研究会を令和8年1月17日(土)に開催し,放送教育SIGの今後の研究の方向性について整理した。
- テーマ 「放送教育の温故知新③」
- 開催方法
第1回,第2回に続き,放送教育の研究者,制作者,実践者それぞれの立場から放送教育の歴史と成果や課題を振り返ることができる話題を提供し,若い世代からの質問に答えながら課題を整理し,今後の見通しを持つことができるようにした。オンラインのメイン配信会場には若手教員も集まり,話題提供の後に質問やコメントをする形式で進行した。
3 参加状況
・登録者数68名(番組制作関係者,実践者(学校教職員),研究者,教育行政,全放連等)
・事後アンケートへの回答21件
4 話題提供者と内容
(1)報告「放送教育SIG 温故から知新へ」
SIG代表の宮城教育大学教職大学院 菅原弘一特任教授がこれまでの研究会の概要を報告し,「温故から知新へ」と研究を進めていく上 での考えを整理することを今回の目的とすることを確認した。
(2)講話「授業での放送番組とメディア活用のこれまでと今後に向けて」
関西大学 黒上晴夫 教授から,放送番組とメディア活用の変遷を振り返りながら,映像視聴能力について話があった。かつては「映像を理解しているか」「映像文法が分かっているか」とか映像にこだわった能力を言っていたが,見た映像は自分自身の経験ではないので,それが腹に落ちているのか,問いをつくる力,考えをつくり出す力はあるのかといったことが大事ではないかといったことが語られた。
(3) パネルディスカッション「1人1台端末時代の映像視聴能力とは」
問題提起:宇治橋祐之氏(NHK)放送文化研究所の進行のもと,黒上晴夫 教授(関西大学),鈴木克明 教授(武蔵野大学),若手実践者3名と共にディスカッションを進めた。冒頭,SIG代表の菅原特任教授から「①放送番組を学習にどう位置付けるか」「②1人1台端末時代の映像視聴能力」について問題提起がなされた。
○鈴木教授の見解:鈴木教授からは,以下のことについて話があった。
・映像視聴能力は放送特有のものではなく,メディア・リテラシーSIGと連携して進めるべき。
・温故知新は,古いものの中にどういう新しさがあったのかを知ること。過去の先進的な研究を今やったらどうなるか,やってみる。
・クリップと番組は元々違うもの,番組とクリップの違いの再確認が必要。
・番組を教室の皆で見るのは,見る視点が違ったり解釈が違ったり,多様性を持ち寄って議論できるのが面白さ。番組を皆で見るという 中核になる共同経験を蔑ろにすると学級が破綻するのではないか。
・かつて放送番組は予習ができないのが良さだった。先生が学び手と同じポジションに立たされるのが新鮮だった。予習できるようになって面白みがなくなった。自分の思う通りに授業を展開しようとして,あまり準備しすぎない方がよい。
・豊かな心や感性という点では,番組には人間が出てくるのがミソ。子供は,キャラクターに同化し主人公が成長していくことに寄りそう。継続して見る必要がある。
●継続視聴の意味:宇治橋氏から継続視聴について,キャラクターは番組の重要な要素であること,番組は事実だけでなく学習のプロセスを示しており,年間でキャクターが成長するよう設計されているのが番組の特性であることについての補説があった。鈴木教授からは,シリーズ全体を見ることに意味があることが理解されていないのではないか,全部見るとどうなるかを試してみるから研究なので はないかという提案があった。オンライン参加の若手教員からは,確かにシリーズで見ていると子供の反応が違う。キャラクターに感 情移入することがあるという報告があった。
○黒上教授の見解:黒上教授からは,以下のことについて話があった。
・番組を見せている時に子供は何をしているのか。ナレーションを書き取っていれば映像を見ていない。それでいいのか。映像を見て理解してもらうように番組は作られている。
・授業では見せないという手もある。反転授業で使う。見た前提でそこから授業を作る。皆で見る経験は飛んでしまうが。
・単元の最後にまとめで番組を見てリフレクションをするとか,復習で家で見る。時間をずらして使うことも考えられる。
・思考ルーチンのsee think wonderのように,絵を見たら何が描かれているか意識するということを普段からやっていると番組を見て何が 映っているだろうという意識で見るかもしれない。映像そのものから何かを学ぶというレディネス,構えをつっていくことが映像時代においては大事。
●能動的な視聴:メモに関して,若手実践者からは,アウトプットも同時に行った方が理解が深まると思っていたという話があった。宇 治橋氏からは,制作者は受動的に見ておらず,作り手の立場から能動的に見ていること,番組を見るのも放送教育だが,自分たちで番 組を作って出すのも放送教育であることの確認があった。加えて,継続視聴によってストーリーの展開パターンに予測がつくようにな ることで能動的に見る可能性があり,それを研究会で確認していくことの必要性についても指摘があった。
●番組視聴と動画制作の関係:菅原特任教授から,子供たちが映像を自分たちで作ると番組の継続視聴の影響が,そうした表現活動にも及ぶのかという問いが示され,鈴木教授から,メモ取りのことも含めて以下のような話があった。
・メモを取りながら番組を見るのはありえない。映画見ながらメモを取る人はいない。10分間愛を持って番組を楽しむ心の余裕がほし い。余裕のなさに警鐘を鳴らすことが学校改革運動としての放送教育の役目だ。
・メモを取っている実態をどう変えていきたいのかを研究していく。こうやるべきだと言っても説得力はないので,やったらどうなるの か,継続視聴でメモ取らないでやったら子供がこう変わるということを研究会が率先して報告する。
・映像を作るかどうかの話はメディアリテラシーの話。番組を見てから映像を作るなら,作った映像は番組にどこかしら似ている。真似 しているのがわかることが重要な成果。映像制作がどう番組視聴と連動するかは面白い研究。
●記号接地と経験の円錐:宇治橋氏から,記号接地とデールの経験の円錐がどうつながるのかという問いが投げかけられ,黒上教授から は,直接経験から抽象的な経験までいろいろな層になっていることが確認され,テレビは直接経験ではないが,どこかだけが大事では なくていろいろな学習経験の中で行ったり来たりが必要だということ,擬似体験がわかる程度に体験はしておかなければならず,その 力が子供にあるかどうかを確認する必要があるといった話があった。
○黒上教授のまとめ:
・記号接地問題は本来AIについての議論なので学校放送の映像そのものに関しては問題ではないが,子供自身の記号接地(=知識が実社 会とつながっているか)のことは気にかけた方が良い。
・学習者が自分で映像を見るという状況に対する能力がある。映像を見る前に意図を明確に持つ。その上で映像がどんなことを言おうと しているのか自分の考えをまとめるのが主体的に見るということ。
・問いがあって見ていれば,答え,考えをつくる。その時にナレーションではなく映像そのものの内容をしっかり読み取るスキルが大 事。そういうふうに映像視聴能力を拡張して捉える必要がある。
○鈴木教授のまとめ:
・歴史を辿ると人気になったからやりたいことができなくなるということがある。皆に受けることをやる必要がないので,焦点を絞って 今忘れかけられているけど大事なことに絞って研究する。
・「生丸ごと継続」の形の問題ではなく,そこにどういう精神が流れていたのか,それが番組とクリップの違いの問題とか,連続視聴の意 味とか,それらを必要とする,可能にすることの優先順位の付け方を意識して,まずこれをやるということを決めて賛同してくれる人でやるのが研究的には良い。
・巨人の肩の上に立つと言うが,これまでに分かっていることがあるが,同じことをもう1回やってみることにも意味がある。時代背景 が違うので,昔の人は何を考えてどういう考えでやっていたのか,それを現代風に生かすとすれば,どうするのか。そのままやるところから始めてアレンジを考えればいい。忘れられようとしているものに挑戦してみる。
5 セミナーに対する感想等主な感想等
・番組視聴時のメモなど,番組視聴の方法について考えることができた。
・映像視聴しながらアウトプットさせていたが,映像でしか伝わらないことがあることに納得した。
・放送番組を「番組」として捉えることの大切さに改めて気づいた。
・映像視聴を反転で行うなど,個人視聴と一斉指導の順序のあり方を明らかにしていくとよいのではないか。
・映像視聴能力とはどのような力なのか考えていきたい。映像視聴能力についての議論が印象に残った。
・課題の核心は,児童生徒の映像視聴能力ではなく,現役先生世代の映像視聴体験・学習体験ではないか。「映像を視聴して学ぶ」イメ ージが違っている可能性を踏まえた教授方略の提案が求められる。
・「映像」でなぜ学ぶのか,「教科書と映像の違いは何か」を理解しておかないと,学校放送番組の活用がもったいないものになってしまうと感じた。
・学校放送番組は,知識を得るだけでなく映像であることの意味が必ずあり,そこを読み取れるようになることが重要だと実感できるようになってきた。
・番組構成の何を見るかという点で,教科書と学校放送番組の違いを「文字と映像」や「写真と動画」といった視点から,そもそもの学 校放送番組の実践の動向を知る研究を行いたいと考えた。
・実は番組への愛着が薄いのではないか,だとしたらなぜなのか?など,つらつらと考えた。
・「包摂性・多様性」を踏まえた番組づくり,情報過多に慣れている若い人たちに向けた番組づくりが必要ではないか。
・番組だからこその良さを改めて考えるきっかけとなり,クリップと番組が学びの両輪としてうまく機能するようにすみ分け,作りわけを意識していきたい。
・将来的に10分番組を作り続けていくのが正解なのか,子供たち,先生の潜在的なニーズを探れるような話もきいてみたい。
・温故知新の知新の部分についても、もう少し議論を聞いてみたい。
・放送教育SIGから「もっと現場で使われるNHK for School」のあり方を研究・提言してほしい。・番組を丸ごと継続的に視聴することに よる授業力の変容(教師側)や内容理解力の変化(児童生徒)等を追うような研究を視野にいれて、SIGを活動することに大きな魅力を 感じる。
6 放送教育SIGの今後の方向性として確認できたこと
・映像視聴能力については,メディアリテラシーSIGと連携し研究を進めていく。
・視聴能力に関する研究を再確認し,映像視聴能力を,映像をだけでなく,学習者が自分で映像を見るという状況に対する能力まで拡張 するような捉え直しをしていく。
・放送教育が大切にしてきた理念を再確認し,過去の先端的な実践を現在の環境下で行ってみてどのような結果が得られるか試してみる。
・継続視聴の意味や番組視聴と映像制作の関連など,万人受けを狙わずに焦点化した実践を通して,結果得られた子供の変容を報告し,学校改革運動としての放送教育の役割を担うことができるようにする。

